前回のブログでご紹介した、アルトサックスの大名人には、他にもいろいろと教えていただきました。否、正確には、大名人の演奏する姿、音色、そして会話の中から、勉強させていただいたというべきでしょう。実際「教えてください!」と頼んでも、「何時の間にかこうなっていたからねえ。よくわからないよ・・」なんて答えが返ってくることがほとんどでした。長年の経験、修練の間に身に着けた、まさに名人芸だったのですね。
ビブラートは上向きに?
サックス(サクソフォン)の教則本などを読んでいると、規則的に音程を揺らすことで音色の表情を豊かにする技法、ビブラートについての解説には、共通点があります。ほとんどの本には「ビブラートする際には音程を下向きに揺らす」とあるのです。実際、サックスは構造上、音程(ピッチ)を下げるのは簡単でも、上がりにくいものですから、私、鈴木学自身、ビブラートは下に揺らすもんだと思い込んでいました。
しかしある時、大名人とビブラートについて話す機会があったので、上記について尋ねてみると、「何言ってるの?ビブラートは上に揺らすもんだよ!」と、あっさりと常識と反する答えが返ってきました!半信半疑で驚いていると、横で実際に大名人が吹いてくれました。「ほら!音程が上に揺れているだろう?」、改めて聞いてみると確かに音程が高い方に向かって変化していました。
実際、ヴァイオリンや電気ギターのような弦楽器は、ビブラートは上向きに揺れますから、そういった楽器と共演する際には、サックスも上向きにビブラートした方が良いのだろうと、理解はできます。しかしその頃は、物理的に無理だと信じ込んでいたので、大名人の「上に揺れるビブラート」に心の底から驚きました(20年経った今でも、明確に覚えているくらいですから・・)。
「○○さん(大名人)、それ、どうやってやるのですか?」と訊ねてはみたものの、「ずっとロングトーン練習してたら、何時の間にかこうなってたんだよね~」とのお答え・・。仕方なくその後、必死でその秘密について考えてみました。
サックスは歌うように吹く!
その結果、一つの答えを導き出しました。「サックスのビブラートは、顎ではなく喉でかけるもの」だと・・。当時の教則本には「ビブラートは顎の動きでかける」と記載してあるものが多かったので、私もそのように演奏していたのですが、そのやり方では、大名人のようなニュアンスが出なません。
そこで、喉で歌うようなニュアンスでビブラートしてみたら、音程が上に揺れてきました。そして、それ以前から憧れていた大名人の「音色の艶、色気」についても、ほんの少々ですが自分の音色に表れました。この時は本当にうれしかったですねえ!
何のことはない、実は大名人は「歌うように演奏する」という、ごくごく当たり前のサックス演奏の基本を実践していただけだったのです。しかしながら私にとってはその「歌うように吹く」という本当の意味が、初めて深く理解できた瞬間だったわけで、大名人にはいくら感謝しても、感謝しつくせないです。
ステージで覚えたプロの技
歌謡曲、歌手のバックバンドの世界では、大名人以外にも、本当に多くの先輩奏者にお世話になりました。サックス以外の楽器の名人にも、数多く勉強させていただいたのです。それが今の私にとって大きな財産になっているのは間違いありません。
例えば、フレージングの終結音の吹き伸ばしを、どれくらいの塩梅にするかとか、音程(ピッチ)について、どれくらいのレベルまでシビアに突き詰めるべきか、そして音のスピード感という、音楽的にとてつもなく重要なポイントについても、私は歌伴のステージで、先輩、名人奏者達から引き継ぐことができました。
そして、プロの歌手たちのステージ上でのサービス精神、プロ根性に触れることができたのも大きかったと思います。加えて何より、客席のお客様(たいていはお年寄り)の嬉しそうな、幸せそうな笑顔、演歌の名曲を生で聞いて心から感激している様子・・。歌、音楽にはこんなにも素晴らしい力(ちから)があるんだと実感できたことは、その後の私の音楽人生にとって、ものすごく大きな財産になっています。
お話が長くなったので、今回はこの辺りで・・。次回からはジャズ修行の話に戻ろうと思います。お楽しみに!
(次回のブログ)