歌謡曲のバックバンドで譜読み修業!

私、鈴木学サックスサクソフォン)プレイヤーとして、プロのステージに上がり始めた、かなり早い時期に、将来ジャズサックス奏者として生きていくことを人生の目標と定めました。

しかしながら、その当時に聞いた先輩奏者の言葉「ジャズは最高難度のポピュラーミュージックなのだから、ジャズを志す者はあらゆるポピュラーミュージックが演奏できなければならない」が心から離れることはありませんでした。

歌謡曲の生バンド

我ながら単純な性格をしている私は、この先輩の言葉を完全に真に受けました。その結果、これまでのバンド人生の中で、あらゆるジャンルのポピュラーミュージックを演奏してきました。ロックバンドのサックス、ファンクバンドのホーンセクション、シャンソンの伴奏、デキシーランドジャズのクラリネット、ラテンバンド、そして歌謡曲、演歌のバックバンドのお仕事も随分といただきました。この分野に関しては最終的に、東海地方最大の温泉娯楽施設の歌謡ショーバンドの、リードアルトまで勤めました。

私は、音楽大学等で専門的な音楽教育を受けた経験はありません。それでもキャリア初期のナイトクラブでの演奏経験、そして歌謡ショーのバックバンドでも演奏経験のおかげで、かなり楽譜が読めるようになりました。幼少のころからそれなりに音楽をやっていたので、もともと楽譜はそこそこ読めていたのですが、現場での経験のおかげで、完全にプロ仕様の読譜力を身に着けることができました

バックバンドとは言っても、レギュラーのメンバーとして活動していたわけではありません。特にココ東海地区の場合、ほとんどが臨時雇いでその日限りのバンドとなります。ですから、何月何日何時にどこどこに集合と聞き、現場に赴くと、そこにはその日演奏する楽曲の譜面が山積みされています。もちろんその場で初めて見る譜面ですが、内容の確認をする時間はほとんどありません。通常、すぐにサウンドチェックを兼ねたリハーサル、間もなく本番という流れになるので、個人的に練習する時間はほとんど無いまま本番のステージに望むのが、その当時のルーティーンでした。

若造だった私にとって、演奏する楽曲をほとんど知らなかったことが、より演奏を難しくしていました。ベテランバンドマンにとってはリアルタイムで聞いてきた楽曲でも、私にとっては当時すでに完全な懐メロだったわけです。譜面しか頼りににならない中、それでも必死になって、大きなミスをしないように、バンドの演奏のレベルを落とさないように、緊張感を保ちつつ演奏していたものです。

初舞台での恐怖経験

何故、そこまで必死になって演奏していたのかと言うと、歌謡曲バンドに初参加した日の厳しい体験があったからです。この世界ではショボい演奏しかできなければ、すぐにクビになるという厳しい現実を、目の当たりにしたのです。

初めての歌伴の日のことは、今もしっかりと覚えています。つい数年前にお亡くなりになりましたが、お嬢さんがトップJポップシンガーとして活躍している事でも有名な、大女性歌手の伴奏の仕事でした。その日は私はバリトンサックスでの参加、私の他にもう一人、初めての歌伴仕事となるテナーサックスの若手が一緒でした。

このテナー吹きが、今一つ譜読みが苦手で、リハーサルの時もかなり危なげな演奏をしていました。リハが終わり本番までの休憩時間の際、会場を歩いていると、ロビーの片隅で歌手のマネージャーに対して、東京からついてきたギタリスト(たいていの場合、一人だけ専属奏者がついてきて、その人がバンマスとして演奏をリードします)が話しかけている内容が耳に入りました。

今日の2番テナー(譜読みが苦手な彼のこと)は弱いから、彼のソロの時はマイクを切ってください。私がその部分を代わりに演奏します」とのこと、つまりお客様に対してみっともないから、彼の演奏を聞こえないようにするという話をしていたのです。「ひぇ~~」と驚きながらも、さすがにそんなことは本人には言えませんし、本当にそうするのか半信半疑だったので、その会話を聞かなかったことにして本番に臨みました。

すると、本当に会話どおりにしていました。テナーサックスのマイクは切って、ギターのソロを演奏していました。そのことに気付けず、自分のソロが聞こえているものと信じ込んだまま、必死に演奏していた彼の痛々しい姿・・、それはもう惨めと言うか哀れと言うか、その後、ずっと忘れることができませんでした

私の知る限り、その後彼の下へは、歌伴の仕事の依頼は無かったはずです。プロの世界は恐ろしい・・、この体験は私にとってまさしく「プロの洗礼」でした。もちろんその時点では、まだまだ駆け出しの未熟なプレイヤーでしたから、その後も多くの業界の先輩方から、本当にたくさん鍛えていただきました。それでも初仕事で、このような体験をしたことで、小さな一歩とはいえ、プロとしての心構えが芽生えたように思えます。

次回に続く