前回のブログでは、歌謡曲のバックバンド、歌伴の仕事を始めた頃のエピソードをご紹介しました。この分野の演奏仕事では、本当に数多くの貴重な体験ができました。そしてありがたい出会いもたくさんありました。
同じところでミスしたら、プロじゃない!
数々の名人プレイヤーにお世話になりましたが、中でも一人、今も忘れられないのは、恐らく日本の歌謡曲史上、最も美しい音色を奏でていらっしゃったアルトサックスの大名人です。その言葉、そしてその極上の美しい音色は、今もはっきりと記憶に残っています。テレビで昭和当時の歌謡曲ステージの映像が流れる際、大名人が演奏していると、すぐにそれとわかるくらい、別格レベルの美しい音色を奏でていらっしゃいました。
初めて、大名人と同じステージに上がった際、確か私はテナーサックスを吹いていたように記憶しています。一回目のステージが終わり、楽屋に戻ると大名人が「○○(曲名)の譜面を見せなさい」と仰るので手渡すと、さっと譜面を確認した大名人が「きちんと譜面には正しく書いてあるじゃないか?君は違う音を吹いていたけど、一体どうしたんだ?」と・・。
当時世間知らずの若造だった私は、「間違えました!」とあっけらかんと答えると、大名人の雷が落ちました!
「間違えましたじゃあないだろう!君はリピートで2回演奏した旋律の、同じ個所を2回とも間違えたんだぞ!人間だから一回の間違いは仕方ない。しかし、同じところで2回ミスしたら、プロじゃない!!」
私はひたすら恐縮し「以後気を付けます。頑張ります。ありがとうございます。」と答えると、「緊張感を無くさないように、以後気をつけなさい。しかし、君はいい度胸をしているから、これから伸びると思う。頑張りなさい!」と最後は励ましてくださいました。
「同じところで2回ミスしたら、プロじゃない!!」この時のお言葉は、私がバンドマンとして生きていく上での、座右の銘となりました。
どんな譜面でも美しく!
その後も、大名人とは何度も同じステージで演奏させていただきました。すぐ隣で、絶品レベルの音色を長時間聞けたことは、間違いなく今の私にとって、大きな財産となっています。
とある現場で、大名人と一緒になった際、その日のステージでは、大変失礼ながら、編曲の技術があまり高くない編曲者が書いたと思われる譜面が、並んでいました。本来旋律を奏でるのが得意な楽器である、サックスの譜面なのに、白玉(長く吹きのばす音)ばかり続いていたりして、内心「こりゃあ、つまらない一日になるなあ」なんて、意気消沈していました。
しかし、実際にステージが始まり、「つまらない」と侮っていた編曲の音を、大名人が吹きました。その時の衝撃は今もはっきりと記憶しています。合計4音しかない、しかも音程も2種類、極端にシンプルな旋律(旋律と言えないレベルと思っていました)なのに、大名人のアルトサックスから奏でられた音が、涙が出そうなくらい美しいメロディーになったのです!
ステージで隣に座り演奏していた私は、感激するとともに、自らの未熟さを恥じました。プレイヤーの演奏によって、一つの旋律が、泣けるメロディーにもなれば、つまらない音列にもなる。つまり、元々つまらない旋律なんて存在しないということを、ハッキリと理解しました。全ては、大名人の泣ける演奏のおかげです。
この後、私の中で演奏という概念が大きく変化しました。そのおかげで今があると思っています。今はもう亡くなくなられてしまいましたが、大名人にはいくら感謝しても感謝しきれません。
(次回に続く)